掲載日:2018.03.06
酪農学園短期大学Ⅱコースの愛唱歌、北光寮歌として永く歌い継がれてきた「ふみあと」のCD制作のための公開録音会が1月7日、酪農学園大学学生ホールで開催された。
録音会には作詞者の伊藤三七男氏、作曲者の故平正義氏婦人平悦子氏はじめ短大Ⅱコース同窓生を中心に約50名が参加。創設時の卒業生は50年振りの歌声に感慨深げに聴き入っていた。
「ふみあと」は酪農学園の創始者黒澤酉蔵翁がデンマークのグルントヴィによる農民による国づくりを範とし、実学と学問を併せて行う真の実学教育実現のために創設された「酪農学園短期大学Ⅱコース」(1964~1985年)の2期生・平正義氏の作曲、3期生・伊藤三七男氏の作詞により1967年(昭和42年)に作られた。
夏季は就農し冬季間江別市野幌の地で学ぶという、実学教育を実践した当時の学生の想いを表した愛校歌として機会あるごとに愛唱された。また申命寮・北光寮歌としても短大生により永く歌い継がれた。
50年を経た今、宮沢賢治の「農民芸術概論綱要」の理想を実現しようと1994年に牧野時夫氏ら音楽を愛する農家の仲間によって設立された「北海道農民管弦楽団」45名による演奏と清水町民合唱団、酪大合唱部OB、仁木町混声合唱団など52名の合唱によってオーケストラ化が実現したもの。
編曲・指揮は北海道大学交響楽団などでコンサートマスターとして活躍、現在余市町で有機農園エコファームを営み、日本グルントヴィ協会、宮沢賢治学会会員である北海道農民管弦楽団代表・牧野時夫氏が務めた。
本事業は酪農学園大学短期大学部同窓会が建学の精神である実学教育を実践した「短期大学Ⅱコース」の歴史の一端、「ふみあと」を後世に残すべく企画・CD化されたもの。CDは1千枚制作され、酪農学園に寄贈されるほか短大Ⅱコースふみあと会を通じて後日Ⅱコース卒業生に配付される予定。 (酪農学園大学短期大学部同窓会)
掲載日:2017.11.28
3年に1度の改選期を迎え、本年6月に行われたJAグループ北海道の役員改選で酪農学園短期大学の同窓生二名が会長に選任された。ホクレン農業協同組合連合会代表理事会長に内田和幸氏(前JA北海道中央会副会長・短大Ⅱコース5期1971年卒)が、北海道厚生農業協同組合連合会代表理事会長及び全国共済連北海道本部運営委員会会長に西一司氏(前JA北海道厚生連副会長・短大17期1968年卒)がそれぞれ就任されました。
内田氏は長沼町で農業法人を経営されており長沼農協組合長などを経てホクレン会長に、西氏は滝上町農協組合長、オホーツクはまなす農協組合長などを経てJA北海道厚生連会長になられた。
TPP問題の再燃やEPA、政府による農協改革の推進など困難な状況を迎える中でのトップリーダーへの就任、三愛精神と健土健民の心をもって本道農業の発展のためにご活躍されることを祈ります。
御両名には短期大学部同窓会から祝電を贈り、それぞれ丁重なお礼を頂いております。
掲載日:2017.07.04
新緑の道都札幌にもようやく夏を思わせる6月26日~27日 第16回酪農短大五期生の集いがホテルジャスマックで行なわれました。学園を終えて62年、同期会を始めて25年目を迎えた仲間も、すでに八十路の半ばにさしかかりましたが、集合の15時には各地より元気な顔をみせてくれました。
今回は、15名「ご夫人4名」の参加、集合写真をとり、4階の宴会場へ 鮮やかな墨書の看板のもと 佐藤氏の振興でまず鬼籍に入った23名の学友に黙祷をし、幹事長の「金田」の歓迎の挨拶 杉船氏の乾杯で宴は開始されました。
食卓は多彩な羹「あつもの」が運びこまれ、飲む程に話題は全開、皆さん健康上の諸問題をかかえながらも話題は尽きず、留まるところ無しの3時間はあっという間に過ぎました。
学生時代のなつかしい想い出、相撲をとって畳をいため、舎監の先生や寮母さんに迷惑をかけたことなど、エネルギーが余っていた若い学園生活の記憶がよみがえってきました。
時に流れは速く、あれから60余年 人生の喜怒哀楽を奥様と共に乗り越え今ある健康と幸せをかみしめながら、それはそれは楽しいひと時を過すことが出来ました。あと4年で節目の20回を迎えます。学友は米寿を迎え90代に入る人もいますが、真の長寿を確かめ大いに祝いたいものですね。
最後は新幹線で友人夫妻と来道した朝倉氏が、含蓄のある話しと乾杯でお開きになりましたが、さらに部屋での交歓 翌日朝食の食堂で延々と続く話題は尽きず、今回ほど五期生の絆の強さ、親愛の情の深さを感じたことはありません。年齢のせいでしょうか。
27日は9時 ロビーで次回の再会を約して解散しました。晴れ晴れとして帰路につく学友の後姿を幹事一同で見送りました。
この会の開催に当たり学園同窓会会長 小山久一様名の過分の助成金を また群馬県高崎の学友 須田哲生・登世栄ご夫妻より心のこもった金一封を頂き、改めてご報告とお礼を申し上げます。
追伸 学園同窓会のご好意により「北広島市 金田孝次」と検索すると スマホ・インターネットで五期会の様子を知ることが出来ます。(文責 事務局 金田 孝次)
平成29年7月3日
酪農学園短大五期会
幹事:佐藤・井谷・杉船・三上・横山・古田 事務局:金田
掲載日:2017.03.13
掲載日:2016.07.05
掲載日:2016.06.08
掲載日:2016.06.07
掲載日:2015.10.13
海野芳太郎先生を偲ぶ会
本学短期大学部酪農学科に所属していた、海野芳太郎先生(植物育種学研究室)がご逝去されてから13年が経過いたしました。また、ご存命であれば、昨年3月末には退職を迎え、海野先生を知る卒業生が集い、先生を囲む退職記念行事が開催されたことでしょう。
このような背景から、海野先生に教えを受けた研究室の卒業生4名が集い、昨年12月に「海野芳太郎先生を偲ぶ会」の発起人会を立ち上げました。その後、研究室の卒業生で構成されている同門会(土橋慶吉先生の退職を機に設立)「育みの会」とも連携をとり、2015年9月12日(土曜日)に、海野芳太郎先生とご縁のあった研究室の卒業生9名が集い、お墓参りと偲ぶ会を実施いたしました。ただし、私たちは海野先生のご親族に連絡を取る術をもっておらず、この会にお声掛けできなかったことが残念でした。
なお、当日は「平成27年9月関東東北豪雨」や宿泊先が確保できないなどの理由により、当日参加予定であった3名が急遽キャンセルとなりましたが、3名とも参加できないことを大変残念であると申していました。また、土橋慶吉先生はご高齢であるため、お越しいただくことはできませんでしたが、この会の開催にあたり、お言葉とお心付けを頂きました。さらに、学園同窓会から助成を頂くとともに、本学職員加藤浩さんにもご協力を頂きました。この場をお借りして、これらの方々をはじめ、参加できなかった多くの「育みの会」の皆様にお礼申し上げます。
以下に当日の様子をご紹介します。
参加者は午後4時に大学に集合し、マイクロバスに乗り、海野芳太郎先生が眠る、札幌市厚別区の禅聖寺に向かいました【写真2】。到着後、本堂にてご住職にお経を唱えていただくとともに、参加者はそれぞれ焼香しました。その後、納骨堂に行き、再度、お参りいたしました【写真3と4と5】。
禅聖寺を後にし、午後6時より、札幌市中央区の札幌全日空ホテル25階藻岩にて、海野芳太郎先生を偲ぶ会を開催いたしました【写真6】。大東純氏(平成7年度卒)の司会により偲ぶ会が進められました【写真7】。はじめに、発起人代表の前橋聡氏(平成7年度卒)が挨拶をし、その後、全員で黙祷をしました【写真8】。
育みの会の4代目会長の伊勢元氏(昭和55年度卒)による献杯の後、参加者同士歓談をいたしました【写真9と10】。その後,岡本吉弘氏(平成6年度卒)が海野先生の教育・研究内容を紹介しました【写真11】。海野先生がお一人で植物育種学研究室を運営した1995年から2002年の8年間に62題の卒業論文と1題の修士論文を指導しました。また、ニホンスズランとドイツスズランのF1雑種を獲得したことが新聞に取り上げられたことなどが紹介されました。
参加者個人と海野先生との思い出を語るため、小林朋導氏(平成6年度卒)から卒業の際に、海野先生が「メロンの品種を作るだけでなく、栽培技術を売ることを忘れないこと」と声をかけて下さったことが忘れられないと紹介してくれました【写真12】。その後、我妻尚広氏(昭和57年度卒)、名取雅之氏(昭和58年度卒)、佐京靖宏氏(昭和58年度卒)と順次、海野先生との思い出をご紹介いただきました【写真13と14と15と16】。
最後に、育みの会2代目会長の高蓋和朗氏(昭和43年度卒)より、閉会にあたってのご挨拶を頂戴し、偲ぶ会を無事終えました【写真17】。(文責 岡本吉弘)
掲載日:2014.08.29
酪農学園 短期大学 酪農学科 第25期 同窓会報告
平成26年8月9日、午後6時から札幌市内のHOTEL NORTH CITY <アシリベツの間>を会場に参加者17名と、当日の同窓会には未参加であるが会費と名産品を送付頂いた方を含め、総勢18名によって開催されました。
参加者は、北は「雄武町」、南は「沖縄」から集まっていただき、全国的に活躍の場を広げている酪農学園の同志であることを実感しました。今回の開催時期は、まだ現役で酪農をやっている雄武町の仲間に是非参加してもらいたかったことから、乾草作業の1番牧草と2番牧草の合間で日程を調整しました。観光シーズンでしたが、安価な「宿泊同窓会プラン」があり費用を押えることができました。
酪農学園短期大学酪農学科を卒業して39年を過ぎ、既に還暦を迎えた方がいますが、久しぶりの再会で思い出話や近況を語り合い、昔に戻ったような賑わいでした。同窓会場だけでは思い出を語りきれず、同窓会後、帰る予定の数名も急遽、2次会に参加をして語り続けておりました。
同窓生が全国にいますので、前回は沖縄で開催しましたが、次回は透析で長旅だと負担のかかる仲間がいる関西地区での開催を約束し、京都の同窓生を代表幹事としました。その次は、東北地方にしようとの事で、この同窓会が全国を駆け回る事でしょう。次回の同窓会には、皆さん「還暦」を過ぎているのではないかと思いますが、今回参加できなかった方もぜひ参加予定に入れておいてください。
次回、関西地区での同窓会へ思いを馳せ、散会致しました。(文責:岩崎元彦)